トップページ 特集 話題の歌謡曲本著者・濱口英樹氏が語る「昭和のヒットソングを創った男たち」

歌謡曲リミテッド スペシャルインタビュー

話題の歌謡曲本著者・濱口英樹氏が語る「昭和のヒットソングを創った男たち」

取材・文/編集部 公開日:2019年2月1日

昭和の歌謡曲の名作の制作現場は、いったいどんなものだったのだろう。レコードを聞きながら、そんな思いを巡らせたことはないだろうか。曲は知っているものの、それが生まれた背景を知る機会はほとんどなく、歌手や作家以外のスタッフの仕事ぶりが伝えられることは極めて少ない。しかし、当時の歌謡曲は、レコード会社のプロデューサーやディレクターによって舵が取られ、プロジェクトが動きだし、やがて大ヒットにつながっていったのだ。そんなレコード会社のプロデューサーやディレクターに焦点を当て、取材した迫真のドキュメンタリー本「ヒットソングを創った男たち~歌謡曲黄金時代の仕掛人」が昨年末に刊行され、話題を呼んでいる。初めて明かされるエピソードなど、ヒットソングを作った当事者にここまで迫った書は珍しく、スリリングな制作現場を手に取るようにリアルに感じることができる。また、単なる昭和歌謡の回顧本ではなく、モノづくりのヒントが隠された好著でもある。その著者である濱口英樹氏に同書の狙いや苦労などの制作秘話を聞いた。

自分が愛してきた歌謡曲が、
制作者の情熱と信念、創意工夫から生まれていた、
ということが改めて分かった

――企画の経緯からお聞かせください。

濱口:以前から、アルバムの復刻企画などで、当時の担当プロデューサーから制作に関するお話を伺う機会が多かったんです。そういうときに感じていたのは、特に分業制の歌謡曲の場合、プロデューサーやディレクターと呼ばれる方たちの果たした役割が非常に大きいということ。ところが世の中にはそれがあまり伝わっていない。最近は歌謡曲に関する本がたくさん出版されていて、BSなどでも関連番組が頻繁に放送されていますが、そのほとんどは歌手や作詞家・作曲家にスポットを当てたものなんですよね。そうなっているのは、90年代以降、小室哲哉さんやつんく♂さんなど、自ら作詞・作曲も手がけるマルチプロデューサーが注目された影響もあるのかもしれませんけど、それ以前の時代は、レコード会社や音楽出版社のプロデューサーやディレクターが楽曲制作の主導権を持って、戦略を立案したり、作家をキャスティングしたりしていたわけです。近年は60~80年代の歌謡曲に興味を持つ若い方も多いようなので、小さい頃から歌謡曲を浴びるように聴いて育った身としては、僭越ながら「次の世代にその点をきちんと伝えておきたいな」と。

――確かに、一部、有名なディレクターはいますが、その他の方の仕事はあまり聞こえてきませんでした。本来、裏方仕事ゆえ仕方のないことかもしれませんが、彼らの存在があって、いまも多くの人が聴いている名曲が生まれたわけですからね。

濱口:2016年に私自身がMCを務める『午前0時の歌謡祭』(FMおだわら)というラジオ番組がスタートしたときも、「ゲストにはアーティストだけでなく、プロデューサーもお迎えして、制作現場のお話を伺おう」と考え、実際に多くの方たちに出演していただいているんです。本書は、そのラジオ番組を一緒に作っていた友人から「こんなに貴重な話をラジオだけで終わらせては勿体ない。尺の関係で割愛せざるを得ないエピソードも多々あるので、本にしましょうよ」と言われたことがきっかけで誕生しました。

――ラジオが始まりだったんですね。これまでこのような書籍がなかったというのもありますか。

濱口:そうですね。「それはいいアイデアだ」と思って、まずは類似した本が世に出ているかを調べたんですが、幸か不幸かほとんどなくて(笑)。CDのライナーノーツや雑誌、Webなどで、単発的にインタビューや対談記事が掲載されることはあっても、包括的にまとめた書籍は皆無に等しかったんです。それは出版社が「需要がない」と判断していたからかもしれないし、逆に未開のマーケットが手付かずになっているようにも思えた。それでフリーの編集者である竹部吉晃さんと一緒に版元探しを始めたら、シンコーミュージック・エンタテイメントさんが興味を示してくださったというわけです。ちょうどその頃、『ニッポンの編曲家(アレンジャー)』(DU BOOKS)や『俺が叩いた。ポンタ、70年代名盤を語る』(リットーミュージック)など、編曲家やミュージシャンにインタビューした本が続々と出版されていたので、「次はプロデューサーだろう」という機運が醸成されたことも大きかったように思います。

――本書の中で歌謡曲はどのように定義づけているのですか。

濱口:私はかねてより、日本のポピュラー音楽全般を広義の歌謡曲と捉えています。ですから、美空ひばりも米津玄師も、私の中では広い意味で歌謡曲(笑)。で、分業制によって制作されたポップスを狭義の歌謡曲と位置付けているんですが、今回の本は後者を基準に執筆しています。プロデューサーやディレクターの裁量が大きく、その実力がいかんなく発揮されているのが、分業制によって制作された楽曲だと思っていますので。

――定義付けは難しいところですが、RCサクセションが「上を向いて歩こう」をカバーしているように、ある意味、日本語で歌われているものは歌謡曲と言えるかもしれませんね。ジャンルの垣根を超えたコラボもありますしね。本書には14名のヒットディレクターのインタビューが掲載されていますが、どのようにセレクトされたのですか。

濱口:サブタイトルに「歌謡曲黄金時代の仕掛人」とあるように、今回の本を企画したとき、分業制で制作されたポップスがヒットチャートを賑わせた60年代から80年代に大ヒットを連発した方たちにご登場いただきたいと考えました。そしてできれば年代や所属組織のバランスをとりたかった。せっかく書籍化するわけですから、幅広い世代の読者に興味を持ってもらいたかったですし、レコード会社や音楽出版社に偏りがない方が、プロデューサーの役割を検証するうえで、普遍性を伴うことができるだろうと思ったからです。幸い、今までお世話になった多くの方たちのお力添えによって、当初の目標通り、様々なお立場にあった14人ものヒットメーカーにロングインタビューを行なうことができました。とはいえ、紙数の制約によって、今回ご紹介できなかったヒットプロデューサーがほかにもいらっしゃることも事実です。もしまた機会を与えていただけるなら、そういう方たちにも是非お話を伺いたいですね。

――そうですね。これを読んで、いろいろなヒットプロデューサーの話を聞いていてみたくなりました。それにしても、みなさん細かいことまでよく覚えていますね。

濱口:それだけ熱量を持って仕事をされていた証しだと思います。一旦ヒットメーカーと目されると、「次もヒットを」と期待される世界ですから、特にシングルに関してはギリギリまで「どうすればよくなるか」ということを突き詰めていた。だから何十年も前のことでも、昨日のことのように焼き付いているのではないでしょうか。

――話を聞きながら感じたことは?

濱口:皆さん、とにかく話し上手で、インタビューが楽しくて仕方がありませんでした。歌手、作家、アレンジャー、エンジニアなど、多くの関係者を束ねてプロジェクトを進行させるお立場ですから、相手を納得させる言葉をお持ちなのは当たり前なのかもしれませんが、名プロデューサーと言われる方たちは、卓越したコミュニケーション能力の持ち主なのだということを改めて実感しました。

――事前の下調べも大変そうですね。話を聞くには聞き手の知識が問われますよね。

濱口:ありがたいことに、様々なジャンルで活躍されている方にお話を伺う機会が多く、そういうときは可能な限り下調べをしてからインタビューに臨んでいます。その方がより面白いエピソードを聞かせていただけるはずだと信じていますので。今回の本では「歌謡曲」という、私が最も好きなフィールドでインタビューをさせていただいたので、これまで見聞きしてきたことが役立ったという部分はあるかもしれません。

――それぞれの人にとくに聞きたかったことは?

濱口:誰もが知るヒットソングが誕生した背景や、人気アーティストの発掘・育成に関するエピソードはもちろんですが、そこに至るまでに、各プロデューサーがどういう音楽遍歴を経て、どういうポリシーで制作にあたっていたかも知りたかった。その点は皆さんにお訊きしています。

――なるほど。そこがあるから、ヒットが生まれる理由がわかるんですよね。

濱口:既存のインタビューでは、そこまで迫ったものがあまりなかったですからね。洋楽のエッセンスを採り入れつつ、日本独自の進化を遂げてきた歌謡曲の歴史において、制作の司令塔的立場にあったプロデューサーが、どういう音楽に影響を受けて、それが作品づくりにどう生かされていたかを知ることは重要なキーポイント。あとは楽曲制作において重視している点(歌詞、メロディ、サウンド、ボーカル、タイトル等)や、長く活躍するアーティストや作家に共通する資質、さらには国民的なヒットソングが出にくくなった現在の音楽シーンへの想いなども伺いました。

――とくに印象に残ったエピソードは?

濱口:至言の宝庫で、どのエピソードも印象的なのですが(笑)、皆さんに共通するのは、時代を見極めつつも、決して流されないという点。今売れているものの後追いではなく、「次は何が求められるか」を考え、自分なりのこだわりを持って新しい潮流を創り出しているんですね。GSのあとにガールポップスのブームを築いた草野浩二さん、男女デュオのブームを巻き起こした東元晃さん、アダルト歌謡全盛期にヤングアイドルという新しい路線を生み出した酒井政利さん、GSやモダンフォークなど、日本に新しいポピュラー音楽を根付かせた本城和治さん、バンドブームのさなかにソロのシンガーソングライターを送り出した木﨑賢治さんや田村充義さんなど、挙げたらキリがないほどです。

――リスナーは出てきたものに対して、あまり考えずに、受け入れてますが、その経緯と背景には様々なドラマがあることがわかりました。

濱口:あと、これも複数の方がおっしゃっていますが、プロデュースの極意は意外なものを組み合わせることにあるということ。「襟裳岬」(森進一)で演歌とフォークの融合を果たした髙橋隆さんや、アイドル性抜群の松田聖子にあえて文学的な詞や音楽性豊かなミュージシャンを結び付けた若松宗雄さんが代表的存在といえるでしょう。個人的には物心ついた頃から小柳ルミ子の大ファンだったので、彼女の作品をデビューからプロデュースした塩崎喬さんのお話を伺えたのが嬉しかったですね。

――インタビューの中には、個人的な興味も入ってると?

濱口:もちろん(笑)。本書の企画自体、私の個人的な興味から出発したようなものですが、せっかくの機会ですから、好きなアーティストや作品についても、当事者から直接お話を伺いたいと思いまして。そこは役得でしたね。

――各ディレクターの仕事データも大作ですね。どのように調べたのでしょうか?

濱口:顔パスになったんじゃないかと思えるくらい(笑)国会図書館に通い詰めました。本書を企画したときから、資料的な価値も持たせたくて、各プロデューサーが制作に関わられた作品を「制作履歴」として掲載しようと思っていたので、調べること自体は苦ではなかったんです。でも手元にあるオリコン年鑑などをもとに、まず皆さんが担当した可能性のある作品をバーッとリストアップして、作家のクレジットや発売日、チャート最高位を埋めていくのは、想定以上に時間のかかる作業でしたね。60年代の楽曲や、残念ながらあまり陽の目を見なかった作品は自前の資料では調べがつきませんから、時間さえあれば国会図書館に赴いて、各レコード会社が発行していた総覧をもとに詳細情報を確認して。それをもとに皆さんのチェックを受けて、抜けている作品があれば、「このアーティストの●年頃の作品」という情報をもとにまたリスト化して・・・という地道な作業の繰り返しでした。

――読み物としての面白さだけではなく、資料性も高い書籍ですよね。

濱口:それに付き合ってくださった14名の方たちには感謝の念でいっぱいです。酒井政利さんのみ、担当作品が膨大なため、シングルのみとしていますが、皆さんの協力のお陰で、4500以上の作品を掲載することができました。完璧なリストではありませんが、少なくとも主要作品は網羅することができたのではないかと自負しています。

――作り終えてご自身の中でわかった歌謡曲の魅力は?

濱口:自分が愛してきた歌謡曲が、制作者の情熱と信念、創意工夫から生まれていたんだということが改めて分かって、誇らしく思えましたね。プロデューサーを筆頭に、作家、アレンジャー、スタジオミュージシャン、レコーディングエンジニアなど、その道のプロフェッショナルたちが、歌い手をいかに輝かせるか、いかに成長させるかを真剣に考えて創り上げていたわけですから、いい曲ができないはずがない。それは叡智の結晶ともいうべきもので、知れば知るほど奥が深いとも感じました。私が学生の頃は「歌謡曲なんてダサいし、一過性の流行りもの」みたいなことを言われて、ずいぶん悔しい思いもしましたけど、それから30年以上経った今もなお歌い継がれている楽曲がたくさんある。昨今の歌謡曲ブームを見ると、自分が作ったわけでもないのに「どうだ!」という気になりますね(笑)。

――読者に伝えたかったことはなんでしょうか。

濱口:今回ご登場いただいた14名のプロデューサーは、いずれもレコード会社や音楽出版社に所属していた会社員。ですから、手がけた楽曲がどれだけ売れようとも、基本的に印税は1円も入らないわけです。そういう方たちが「ヒットソングを創る」というミッションにどれだけ情熱を傾けていたか、そのドラマを知っていただきたかったのが1点。もう1点は国民的なヒットソングが生まれにくくなった昨今、その状況を変えるヒントが、かつて分業制が前提だった制作現場にあるのではないかということです。

――ひとりで完結してしまうと、歌から見える世界も小さくなる気がしますね。

濱口:現在は作詞・作曲・編曲から動画制作まで、やろうと思えば一人で全部やれる時代ですが、そうなるとどうしても世界が限られる。また、誰でも自分の音楽を世界に発信できるようになったのは素晴らしいことではありますが、それがプロとアマチュアの境目をなくしてしまった。本書に登場するのは、プロの目で多くのアーティストや作家を発掘し、育て上げてきた方たちですから、その発言は非常に含蓄に富んでいます。貴重な証言が満載のこの本が、歌謡曲を楽しむ際の手引きとして、あるいはこれから音楽制作に携わる方たちのヒント集としてお役に立てたら嬉しいですね。

【書籍情報】

『ヒットソングを創った男たち~歌謡曲黄金時代の仕掛人』

濱口英樹・著
シンコーミュージック・エンタテイメント刊
発売中
2,200円(+税)

昭和の歌謡曲、あの名作の制作現場とは?
その裏側を陰の立役者たちが明かした迫真のドキュメンタリー!

世代や性別を越えて共有出来る「みんなのうた」が姿を消し、今また注目を浴びている昭和の歌謡曲。そんな「時代を動かした」歌謡曲は、一体どのようなヴィジョンのもと、どのように作られていたのか?
現場を主導した当事者であるプロデューサー、ディレクターたちが「あの時」を振り返ってすべてを語る、リアルでスリリングなインタビュー集。

【CONTENTS】
第一章 草野浩二
日米のヒットチャートで1位を獲得した唯一無二の元祖ヒットソングメーカー

第二章 酒井政利
コロムビアとソニーに初のレコード大賞をもたらし、ヒットメーカーの頂点を極めた伝説のプロデューサー

第三章 本城和治
GSに始まり、フォーク、ジャズ、ロック、ポップスまで、日本に新しいポピュラー音楽を根付かせた先進的プロデューサー

第四章 東元 晃
レーベルやジャンルの垣根を超えて、あまたの歌手や後進を育て上げた名伯楽

第五章 塩崎 喬
叙情性と文学性い富んだ作品で大衆を魅了した、ワーナー・パイオニアの絶対的エース

第六章 小栗俊雄
音楽出版社・日音の制作現場を一手に仕切り、数々のアーティストを手がけたヒットディレクター

第七章 川瀬泰雄
ホリプロの音楽制作部門で手腕を発揮したビートルズ研究家の顔を持つ音楽プロデューサー

第八章 若松宗雄
歌い手の資質を見抜き、独自の感性でヒットを生み出す、歌謡界のエポックメーカー

第九章 木﨑賢治
渡辺音楽出版時代からヒットを連発し、独立後も若い才能を発掘・育成し続けるマエストロ

第十章 髙橋 隆
ミュージシャンとしても1位を獲得したヒット請負人は、担当した歌手に代表曲をもたらす“中継ぎのエース”

第十一章 島田雄三
「個の主張」を重んじ、独自の創造性でアーティストの魅力を引き出すエキスパート

第十二章 田村充義
時代の変化とアーティストの個性を見極め第一線でヒット曲を生み出し続ける制作のプロフェッショナル

第十三章 長岡和弘
アイドルからシンガーソングライター、アニメ、映画音楽まで、幅広いフィールドで活躍を続けるマルチプロデューサー

第十四章 吉田 格
1980〜90年代のソニーを支えたオールラウンド型プロデューサー

 

『東京レコード散歩』2017年2月22日発売。東京にちなんだ曲だけを収録したコンピレーション・アルバム『東京レコード散歩』第二弾がレコード会社3社から同時発売!

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