トップページ コラム/レビュー 8cmの嗜み 第7回「とびだせものまね大作戦」

第7回「とびだせものまね大作戦」

第7回「とびだせものまね大作戦」

鈴木啓之(アーカイヴァー) 

漢字で書くと“物真似”、古くは“声帯模写”と呼ばれた。寄席芸の“形態模写”をもじって古川緑波が命名したのだという。自分が寄席番組などで時々見ていた記憶でいちばん古いのはやはり桜井長一郎先生だろうか。政治家や文化人もレパートリーとしていた。その下の世代だと佐々木つとむ、堺すすむ、はたけんじの“ものまね御三家”。そして歌を主軸としたものまね番組のルーツは1967年から10年間、NET(現・テレビ朝日)で放映されていた『象印スターものまね大合戦』ということになる。お茶の間に身近な芸としてのものまねを定着させたことで、番組が果たした役割は大きい。そのあとを引き継いだのが、春と秋の番組改編期の特番として73年にフジテレビで始まった『ものまね王座決定戦』だった。当初は五木ひろしや森昌子ら、本格派の歌手が中心となって芸を競い合う番組であったが、80年代に入ると次第に芸人の比率が高くなり、その中から芸を究めたものまね芸人の活躍が顕著になってくる。並行してフジテレビではあのねのねが司会の『とびだせものまね大作戦』というレギュラー番組が81年から始まり、特番枠の『発表!日本ものまね大賞』と共に素人のものまね名人が多数輩出された。

『とびだせものまね大作戦』は1年ちょっとで一旦終了した後、すぐに『もっとものまねショー』とタイトルを替えて83年の秋まで続いたが、残念ながらそれも半年足らずで終わってしまった。実はその年の夏、元来のものまね好きが高じて、同好の友人と2人で番組のオーディションを受けに行ったことがある。まだ河田町にあったフジテレビのリハーサル室で拙いものまねを披露したのだ。その時一緒にオーディションを受けた別の友人チームにはその後不合格の通知が届いたのに、我々には通知が来なかったので、これはもしかして合格なのでは? と思っていたら、不意に番組が終わってしまった。今でも僕らは不合格ではなく、番組が続いていたらきっと出演できていたはずだと思っている。その後は再び見る方専門となり、一時期は『ものまね王座決定戦』のスタジオ観覧によく通ったものだった。とにかく収録時間が長く、毎回深夜宅送で帰ることとなった。それからしばらくすると、コロッケ、清水アキラ、ビジー・フォー(グッチ裕三、モト冬樹)、栗田貫一の“ものまね四天王”が誕生して、ものまねブームが訪れる。時代は昭和から平成へ。バブルの時代に重なる。

ものまね四天王の人気は、深夜とはいえレギュラー番組を持つまでに至り、89年4月には『ものまねくらぶ』がスタートして半年後に『ものまね珍坊』にリニューアル。90年11月にはゴールデンに昇格して92年3月まで続いている。その中で『ものまね王座決定戦』の司会者だった所ジョージが作詞・作曲して四天王が歌った「バカと呼ばれたい」がリリースされたのが90年8月のこと。正しくCDシングルの時代である。二の線も得意な所さんらしい普通にいい曲だが、聴きものはカップリングの「ものまね天国」の方なのだ。コロッケの野口五郎、清水アキラの五木ひろしなど、5人が代わる代わるに得意ネタを披露する怒涛のメドレーで、合間に淡谷のり子、水前寺清子、浅田美代子らのコメントが入るという、なかなかに贅沢な作りはバブル期ならではという感じ。そして彼らに続くものまね芸人たちもちらほらとCDを出している。

四天王に次ぐ存在だった、ガンちゃんこと岩本恭生は89年の『ものまね王座決定戦』で布施明の秀逸なものまねで優勝して一気に名を上げた。布施のまねと並ぶ得意なレバートリー、沢田研二になりきって歌われたのが「勝手にTOKIO」というメドレーで、「勝手にしやがれ」「TOKIO」など、ジュリーのお馴染みのヒット10曲が並ぶ。ジャケットからも判るように、顔もちょっと似ている。やはり骨格の造りが近いと声も似るのだろうか。同じなりきりでも、女版・四天王の一人だった斉藤ルミ子の場合は松田聖子の曲タイトルが織り込まれたオリジナル「裸足のSweet Memories」を出した。松田聖子のものまねは、まねだ聖子、岡田聖子らたくさんいるが、個人的には最初に認識した斉藤を第一人者に挙げたい。年齢も含めて誕生日が一日違いというのも運命的ではないか。彼女のレパートリーではあべ静江や松本伊代のものまねも好きだ。やはり女四天王の一人で本業が作詞家の篠塚満由美は、キョンキョンのものまねが十八番の松下桂子と“しじみとさざえ”を結成。Mi-Keの「想い出の九十九里浜」のカヴァー「ものまね・想い出の九十九里浜」でなんとレコード大賞の新人賞を獲得してしまった。発想はかつてスマッシュヒットした「ハンダースの想い出の渚」とまったく一緒で、パロディのパロディという複雑な構造。美川憲一とコロッケが友情出演しているのも楽しい。女性のものまね名人では、ラジオに端を発してライヴで実力を磨いていった清水ミチコの活躍もこの頃から目覚ましく、87年のアルバム・デビュー以降潤沢なCDリリースが続いた。8センチシングルでは92年に出した「月刊明星メドレー ‐シブイ編‐」などがある。彼女の“ユーミソ”は歌も喋りももはや芸術の域である。

美川憲一はコロッケのものまねがきっかけで人気が再燃したわけで、最初の共演の時は最高に可笑しかった。「さそり座の女」を1コーラス歌い終わったところで美川が背後から登場し、コロッケが恐縮しながら一緒に歌う様はハプニング性満点の名シーンとなった。それが次第に予定調和となり、“ご本人と一緒”という番組名物になってゆくわけだが、それと判っていてもやはり惹きつけられてしまう、ものまね番組の醍醐味の一つである。コロッケが千昌夫と一緒に歌った「上野に五時半」もそんな共演から生まれた結晶で、ものまねされる方もある程度の度量と洒落っ気が要求されることになる。どちらもまあ損はしない幸福な関係。最も新しいところではチョコレートプラネットとIKKO&和泉元彌が正にそれだ。ちなみに「上野に五時半」の元ネタは言うまでもなく菊池桃子&鈴木雅之の「渋谷で5時」であろう。カップリングの「二人して東横線」はそのアンサーソングの趣。コロッケがフジテレビから降板した後、四天王を継いだのが布施辰徳だった。芸名は十八番のレパートリーであった布施博と原辰徳から付けられたという。歌手としてのデビュー盤は、つんく♂作曲の「マジメなジョーク」というマジメな曲なのだった。いかにも実直そうな氏の性格が反映されたものとおぼしい。

『ものまね王座決定戦』のプロデューサーだった某氏との確執により、コロッケをはじめ、ビジー・フォーや岩本恭生、司会の研ナオコらが異動、さらに新世代のコージー冨田や原口あきまさらの台頭もあって日本テレビの『ものまねバトル大賞』が人気を得たことで、90年代中頃からはフジテレビVS日本テレビの図式が形成された。視聴者にとっては楽しみが倍になった感じで歓迎ではあったものの、演者たちにとってはなかなか悩ましい状況であったと推察される。この派閥はそのまま、東京のものまねシアターレストランの二大老舗、六本木「STAR」と新宿「キサラ」の出演者たちに継承されているのが面白い。カール北川率いる「STAR」の完璧にショーアップされたステージと、コージー冨田やホリをはじめ層の厚い「キサラ」のヴァラエティに富んだステージは甲乙つけがたいところ。90年代からはテレビ番組だけでなく、ショーパブやシアターレストラン系の実演の場も、我々がものまねを享受出来る重要な場となっていったのである。ものまねオールスターズ「I.D. –IMITATION DIAMOND-」は日テレ『ものまねバトル大賞』の出演者たちによるものまね讃歌。パッパラー河合が作曲しており、今ではものまね界の重鎮となっている神無月やノブ&フッキーも参加している。ザ・くりそっちの「all the same ~あなたに似た人」は見た目重視のTBS『上岡龍太郎そっくりスペシャル』から生まれた一枚。当初は歌ネタのメドレーで企画されたが、著作権の関係で断念したらしい。グループの隊長は谷村新司のものまね第一人者、谷村仁司が務めた。氏が「STAR」に出演していた頃、ご祝儀(割り箸にお札を挟んで渡すヤツ)を受け取る時の実感の篭った“ありがとう!”が忘れられない。

バラーズ「有線よありがとう」 ガウスエンタテイメント GRDE-42 2000.6.21

最後に紹介する一枚は、8センチシングルの最晩年期、2000年6月リリースの「有線よありがとう」。97年に「漁港の恋の物語」でデビューした男女デュオ“バラーズ”の3枚目のシングルで、石原裕次郎のものまね一本で活躍するゆうたろうと、八代亜紀を得意ネタとする鮎川ゆきのナイスコンビである。作詞・秋元康、作曲・岡千秋という布陣で単なる企画ものにあらず。ものまねの要素を差し引いても佳曲として成り立っていた証拠には、第33回日本有線放送大賞音楽賞を受賞している。自らのバンドを率いてライヴ活動も展開するゆうたろうは歌も巧い。基本的にものまね芸人は概して歌唱力が秀でているから、下手な歌手よりもよほど聴かせてくれるのだ。昔に比べ、技術も見せ方も格段の進歩を遂げたと思われるものまねの世界だが、昔も今も変わりないのは、毒気のあるものまねほど面白いということだろう。久々に現れた大物、君島遼の正統派歌まねをもっと見たいと思う一方で、清水ミチコやミラクルひかるにももっともっと活躍していただかなければ。

 

ものまね四天王「バカと呼ばれたい」 東芝EMI TODT-2559 1990.8.8

岩本恭生「勝手にTOKIO」 東芝EMI TODT-2607 1990.12.5

斉藤ルミ子「裸足のSweet Memories」 ビクター VIDL-10227 1992.4.21

しじみとさざえ「ものまね・想い出の九十九里浜」 クラウン CRDP-16 1991.5.1

清水ミチコ「月刊明星メドレー ‐シブイ編‐」 TDK TDDT-1028 1992.9.25

千昌夫&コロッケ「上野に五時半」 徳間ジャパン TKDA-70567 1994.12.21

布施辰徳「マジメなジョーク」 ポリスター PSDF-5011 1995.9.25

ザ・くりそっち「all the same ~あなたに似た人」 ワーナーミュージック AMDM-6196 1997.6.10

ものまねオールスターズ「I.D. ?IMITATION DIAMOND-」 バップ VPDC-20737 1998.3.21

8cmの嗜み 記事一覧

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プロフィール

鈴木 啓之

鈴木 啓之(すずき ひろゆき)

アーカイヴァー。昭和40年東京生まれ。テレビ番組制作会社に勤務の後、中古レコード店経営を経て、ライター及びプロデュース業へ。昭和の歌謡曲、テレビ、映画について雑誌などへの寄稿、CDやDVDの監修・解説を主に手がける。著書に『王様のレコード』(愛育社)、『昭和歌謡レコード大全』(白夜書房)など。現在、月刊てりとりぃ誌に「古書とスイーツの日々」を連載。FMおだわら『ラジオ歌謡選抜』にレギュラー出演中。

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