トップページ コラム/レビュー チェリーの歌謡曲ワンダーランド 「モナリザを題名に使うと、大ヒットするジンクスがあるんです!」『マンデー・モナリザ・クラブ』ピンク・レディー

「モナリザを題名に使うと、大ヒットするジンクスがあるんです!」『マンデー・モナリザ・クラブ』ピンク・レディー

「モナリザを題名に使うと、大ヒットするジンクスがあるんです!」
『マンデー・モナリザ・クラブ』ピンク・レディー

文/チェリー 

当時、小学生だった筆者は、月曜の宵に毎週放送されていた、とある歌番組を観ていた。夜10時から放送という遅い時間帯だったこともあり、重たくなりかかった目をこすりながらといった風ではあったけれども。この番組は、いわゆる旬のスタアたちがこぞって出演し、最新のヒットソングを披露するという、歌謡曲好きにとっては願ったり叶ったりの内容。だからこそ、そのように夜遅くなったとて、起きていたいという欲求がムラムラしていたものである。おそらく、これを読んでいる多くの方も共感していただけるのではないだろうか。

冒頭のセリフは、その番組の女性司会者が声高らかに(←というか、元々そういうお声だったみたいだが)発したもの。言葉一つ一つに関してはあやふやなのだが、そういった内容だったはずである。おそらく、タイガース『モナリザの微笑』や、郷ひろみ『モナリザの秘密』等の過去ヒット曲を踏まえてのコメントだったのだと思う。にもかかわらず、表題曲はそのジンクスに反比例し、それまでベストテンの常連だったデュオを、その外へと追いやった。しかし、侮るなかれ…セールスと曲の良し悪しは、必ずしも一致するものではないのである。なにはともあれ、その曲についての紹介を進めてみることにする。

タイトルは『マンデー・モナリザ・クラブ』(以下、マンモナ)。本曲はピンク・レディーのシングル第15弾、発売日は1979年9月9日。今から遡ること38年前のいまごろ…街角に流れていた曲になる。マンデー=月曜日だから、その曜日発売かとコジつけ記憶していたものの、詳しく調べてみたら違うじゃないの。該当の日は日曜日であり、月曜日にあらず。人の記憶なんていい加減なものである。当時の曜日を遡って確認することができる“文明の利器”に、ひとまず感謝することにする。笑)

作詞:阿久 悠 作曲:都倉俊一 編曲:Charlie Merriam

前作『波乗りパイレーツ』までは、子供たちのアイドルでいてくれたピンク・レディーが、その夏の終わりと共に激変。いわゆるイメージチェンジ=イメチェンと呼ばれることをカマしてきた。

世界進出を目論むためのデビュー曲『KISS IN THE DARK』。海外では5月に先行発売され、米ビルボードチャートで最高37位まで登りつめた実績を持つ。日本国内では、マンモナと足並みを揃わせるかのごとく、その僅か4日前(同月5日)に”臨時発売”という形でのWパンチ攻撃。ちなみに、ビルボードの37位という記録は、いまでも日本人歌手が持つ記録としては歴代2位。昨年、世界をかけめぐったピコ太郎氏の『PPAP』ですら破っていない、偉大な記録であることを付け加えておくことにする。市場規模が日本の倍あるアメリカでは、チャートのトップ40に入ることがヒット曲と見なされる。おそらく、今でも同じ物差しで計られているはずである。さしずめ、日本国内で例えれば、トップ20がそれに価するのだと思う。

さて、デビュー曲を米トップ40にチャートインさせたピンク・レディーは、まさにこのとき、世界進出への足がかりは掴んだと言える。この状況下、現地スタッフの元でL.A.録音されたのが、マンモナだったのである。プロデューサーはRoby Adcock氏が務めたが、編曲担当のCharlie Merriam氏ともども『Midnight Rhythm』のヒット等で知られるディスコプロジェクトの一員。彼等の手にかかると、あらあら摩訶不思議!和作家による楽曲も、本場さながらのディスコチューンに変身。それこそ、当時大ヒットしていたドナ・サマーの『Hot Stuff』を彷彿させるような出来栄えで、カッコいいことこの上ない。

『マンデー・モナリザ・クラブ』|テーマ

逞しい腕に、錨の刺青が猛々しい男たち。ポパイのごとしの野郎どもが、その象徴を隠したまま小枝のような女を抱く。そんなものは体を成しゃしないよ…嘆かわしいだけサ。はしゃぎすぎた後、なぜだか妙にさびしく、心が水びだしになる日…それがマンデー、月曜日。そんな日の夜はアタシんとこへおいで。モナリザの微笑で誘いかければ、誰もみな夢ん中。時を忘れさせるほど、癒してあげるから。

『マンデー・モナリザ・クラブ』|聴きどころ

1:本場でも勝負可能?和作家の曲とは思えぬ、ぶったまげ高品質ディスコチューン
2:ディスコよろしくとばかり?あえて歌声を奥まらせたミックス
3:アソコの、奥の奥までズンズン響く重低音
3:サンバホイッスルをフィーチャー。水兵や船乗りでごった返す、港の喧騒を描写か?
4:アクメ声?ミーのはり裂けるハイトーン&ケイのドス効き低音ボイスが絡まるデカダンス(退廃感)

♪錨の刺青を 隠したポパイが
 小枝のような娘(こ)を 抱きしめても 嘆きのマンデー・ナイト
♪マンデー・モナリザ・マンデーナイト モナリザ マンデー・ナイト
 微笑む目が誘う マンデー・ナイト

なんなのだ、この大人向けコンセプトは!決して覗いてはならぬと言わんばかりの、背徳感すら漂う。ペッパーという名の警部、1977年のカルメン、浮気なシンドバッド、指名手配のあんちくしょう、地球の男に飽きたオンナ、左利きのオンナ投手、変幻自在のカメレオン軍隊…ピンクレディー楽曲の特徴は非日常だった。が、本曲では『モナリザクラブ』と名付けられた、ナイトクラブの女に扮している。従来のらしさが残っている箇所と言えば、アメリカンコミックの世界から、ポパイが添え物程度に登場しているのみである。作詞の阿久氏はポパイがお好きなのか?片平なぎさ『オリーブの華麗な青春』(1976年8月5日)でも使っている。

ポパイ(または、それを彷彿させる男たち)の登場により、物語に描かれている妖しげなクラブは港の近く?という推測も立つ。それこそ、荒くれ野郎どもの喧騒と匂いでムセかえる通りにでも面した店なのだろう。そこでは夜な夜な…。

作風のみならず、二人の見た目だってそれまでとは異なる。もう「ちゃん」付けでは呼べないような色っぽさ。その洗練された美しさは、おそらくはアメリカナイズと呼ぶべきもの?同時期に活躍した日本人歌手には、なかなか見受けられないような外見だった。着用していた衣装も、バスローブを模したとおぼしきデザインの、シンプルな白のミニ&サンダル風のつっかけとキたもんだ。
「お次はアンタかい?」

そんな問いかけが今にも聞こえてきそう?笑)もちろん、その衣装には、ピンク・レディーの象徴であるキラキラは使われていたけれども。

タッパ(身丈)があり、デカい二人から繰り出されるダンスはディスコクイーン風。退廃的(デカダンス)なムードを、更に盛り立てるのである。名付けてデカダンス…なんちゃって。これは本来の意味とは全く異なるので、『とりあえずボディトーク』ってことでお許しを。笑)曲間では、足を開いて閉じるフリツケも取り入れられたが、デビュー曲『ペッパー警部』で見せたソレとは一線を画す妖艶さ。もうそこには、大人のピンク・レディーしかいなかったのである。

当時、小学生だった筆者も、テレビのこちら側でぶったまげた。なにかこう、目前で扉をピシャっと閉じられたような気分にさせられたからである。こんな風に感じたお子様ファンは多かったはずである。ピンク・レディーが、時刻表もなしに走らせたディスコトレイン。そんなものに飛び乗れるほどの”理解力”なんぞは、到底持ち合わせていなかったのである。

しかし、ファンなのだから最後まで応援するという、どこか意地にも思えた『強い気持ち強い愛』と共に、近所のレコード店へいそいそと。すでに発売済みで、なんだかよく分からない言語(←英語なのだが?)の曲『KISS IN THE DARK』と一緒に、お会計台へと差し出したのである。当時のシングル盤2枚の価格は、しめて1200円也。なけなしの小遣いをはたいてしまい、財布を逆さにしたとて、カスしか出てきやしなかったヒトコマ…これは未だに鮮烈に残る。

♪そんな夜は私についておいで
誰もみな夢の中に誘いこまれ 時を忘れた

いいえ…レコード盤を買ったからといって、この時点でついていったとは言い切れず。だって涙がでちゃう…小学生だもん。笑)

そんなこんなで頭も足らず、マンモナのテーマなんぞ理解不可能(←理解できていたら空恐ろしいが)。しかし、今思えばふむふむと…色々ね。お股開きに関しては、月曜夜に集まる男たちを、夢の中へと誘いこむための所作なのでは?とか、サビでの腰ふり横移動アクションは、妙にソレっぽいなとか、この年になれば、妄想のようなものはいくらでもかけめぐるのである。

そう…1979年9月のピンク・レディーは、それまでのお子様ファンを一掃しにかかったのである。しかし、これが裏目に出てしまう。ベストテン歌手というポジションから転落し、Wパンチとして放った2曲ともども撃沈!10位の壁をブチ破れないまま、チャートを下降していったのである。ここがまさに、歌謡界の歴史を塗り替えたモンスターが、その勢いを失った瞬間そのものだったのである。

オリコンでの順位と成績:14位、12週、11.2万枚。
TBS『ザ・ベストテン』での順位:31-15-14-14-13-12-17 

※13位の週、はがきリクでは4位に到達。その部門で弱かったピンク・レディーにとっては、非常にめずらしい現象が起きていた。

♪そんな夜は私についておいで
誰もみな夢の中に誘いこまれ 時を忘れた

レコード売上から察すると、この誘いについていかなかった人の多かったことが窺える。じゃあ、筆者はいつになってからついてったんだよ!と気になる方もチラホラか。

それは、ターンテーブルに乗っけたレコードを幾度となく聴いてから。こんなミー&ケイもかっこいいのではないか?徐々にではあったけれども、少しずつ思えるようになっていったのである。コラムの場だからってカッコカッコ…つけんなよ!という、錨もとい、怒りのお言葉を頂戴しそうだが。

いや、物証もあるから大丈夫。当時、存在していた、とあるテレフォンサービス。そうそう、ビクターが展開していた『テレフォン歌謡曲』のようなもの。ダイヤル回せば、おすすめ歌謡曲が受話器越しに聴けるというアレ。ここで筆者はようやく好きになれたマンモナの広報活動をおっぱじめ、送ったリクエストは採用の暁を見たのである。そのサービスを、受話器越しにコソコソ録音したカセットテープが証というワケ。まぁ、「どこそこの、誰々さんからのリクエスト」というアナウンスまで収録されているがゆえ、一般公開はペンネーム使いの筆者にとって苦渋の決断を強いられそうだが。笑)
こんなことやってるのだもの。筆者の両親からしてみたら

♪嘆きのマンデー・ナイト

どころか、嘆きのエブリナイトだったかもしれないなと。妙な行動が目立つ息子にゃ、将来を案じたことだろうよ。ごめんなさい、こんなになっちゃって。でも『もう戻れない』の。笑)一方で、嬉々としていたのはミーとケイのふたり。

「本当はこんな歌が唄いたかった!」

当時の二人の口から飛び出したのは、こんな言葉。日本列島を襲ったピンク台風、ミリオンセラー連発、新記録樹立、社会現象、経済効果など、数々の呪縛から解き放たれた二人。ベストテン圏外という苦々しい結果にはなったものの、そこには安堵に満ちた微笑を浮かべる二人がいたのである。作詞の阿久氏も、作曲の都倉氏もこんな風に回顧した。「これまで子供たちのために尽くし続けてきた二人へ、餞(はなむけ)として書いた」と。ここを最後に解散という話も出たようだが、進行中の米進出プロジェクトとの兼ね合いにより、実行には移せなかったという。

ほぼ同時発売の『KISS IN THE DARK』との関係により、歌披露の期間が異様に短くなったのも、二人にとっては心のこり…嘆きのエブリディだったのかもしれない。本当に欲していた曲をようやく唄えたというのに。

マンモナには12インチのプロモ盤も存在。その長さゆえ、シングル盤にはない3番の歌詞もある。この盤も日本国内で正規発売していたのなら、マンモナはより注目を浴びたに違いない。

ピンク・レディーはもう終ったんだ…業界やマスメディアのそんな潮流には、さすがのモンスターも攻撃する術を失った。全盛期には、ほぼ各局にあった冠番組も、この時期までに完全消滅。バッシングが始まると怖いのは、現代芸能界とて同じこと。当時の音楽業界に、ここからの二人を育ててゆこうとする風土があったのなら…。今じゃそこには、肥沃な大地が広がっていたのかもしれない。なにせ、マンモナに関しては再評価の声がやまない。それどころか、その声は大きくなるばかりなのである。

♪微笑む目が誘う マンデー・ナイト

1979年9月。筆者がこの世に生を受けてから、11年と3か月が経過していた頃。水を得た魚のように、大人ミュージックを唄うミーとケイの微笑に誘われて、二人のことがますます好きになっていった。ピンク・レディーが走らせたディスコトレインに、ようやく飛び乗れた日のことは、今でも懐かしく回想する。思えば、大人の階段を登るキッカケを、いたいけな少年に与えてくれた…それが『マンデー・モナリザ・クラブ』という曲だったのかもしれないと。

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チェリーの歌謡曲ワンダーランド 記事一覧

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プロフィール

icon_sr70&80年代アイドル、歌謡曲、ピンク・レディー、昭和ポップカルチャー好き。高円寺・円盤「鈴木啓之のミュージックガーデン」、FMおだわら「ラジオ歌謡選抜」にゲスト出演。「歌謡曲リミテッド」でコラム連載中。ブログ「昭和TVワンダーランド」の運営者です。

ハンドル名:チェリー(CHERRY★CREEK)
好きな音楽:70-80年代アイドル歌謡全般、歌謡曲、米英50-60sティーンポップ、古き良き時代のジャズボーカル、フリッパーズギターなど
好きな歌手:1960-80年代の日本で唄っていた、歌謡曲の歌手全員
好きなもの:昭和にまつわるものすべて、音楽鑑賞、レコードや昭和アイドルグッズ集め、食べ歩き、パソコン、エッセイを書くこと、昼寝
よろしくないクセ:哀愁のオリエント急行に、たま~に乗ってしまうこと 笑)
得意なもの:トーク(特に70-80年代アイドルや歌謡曲について)、丁寧な言葉で話すこと、グラフィックデザイン、文章を書くこと、英会話、料理
出身地:東京、日本
国籍:日本
生息地:オーストラリアのメルボルン(永住権)、たまに神奈川県
経歴:2015年12月「鈴木啓之のミュージックガーデン」(於:高円寺 円盤)、2016年1月FMおだわら「ラジオ歌謡選抜」第132回放送分「昭和アイドル・ワンダーランド」(ゲスト)、2016年5月 歌謡曲情報サイト「歌謡曲リミテッド」 にてコラム連載開始
「80年代アイドル☆ピンク・レディー☆昭和TVワンダーランド」
http://blogs.yahoo.co.jp/cherrycreekjp

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