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パスポートをお忘れなく? 『早春の港』 南 沙織

パスポートをお忘れなく? 
『早春の港』 南 沙織

文/チェリー 

♪好きとも言わないし おたがいに聞かない

この歌詞の一節を目にする度、あの頃の、甘ずっぱい気持ちがよみがえる。あの頃とは、今から遡ることウン十年も前。筆者が中学2年生になったばかりで、『やけどしそう』なる感覚すらも知らない、まだ『ウブウブ』だった春の候のことである。

この時は、進級に際し組替えが行われた。それが成されると、クラスメートの大半は初めて見る顔ばかりになった。なにせ、筆者の中学生時代は子供の数がやたらと多く、一学年だけで13-14ものクラスが存在したのである。だから、組替えは=(イコール)激烈シャッフル大会の様相を呈した。それを行うか否かは、学校側の都合で決まっていたようだが、筆者が通っていたところではあったりなかったりの気まぐれ。いずれにせよ、新しい教室へ移動すると、大抵はひとまずの措置として名簿順で座る。そう、いわゆる“あいうえお順”というヤツである。この場合、いやがおうにも生まれ持った名字により、席次の運命は決まってしまうのである。内心、色々と願うことがあったとしても…ニタニタ。笑)

そうこうして新学期が始まると、担任の先生から席替えの提案があった。この瞬間、筆者に”とてつもない幸運が舞い降りてくる”ことになるのである。それはあたかも、冬を耐え忍んだ港に、ようやく春来たりの吉報が届いたとでも表現すべき出来事かと。前年度のクラスでは色々恵まれないことが多く、ロクな毎日じゃなかったからナ。って、今さらこんなトコでグチってもネ。その時一緒のクラスだった方、ごめんなさいね。なにはともあれ、この“春来たり”の詳細に関しては後ほど。

ということで、港に春がやってきた!にコジつけ本題へ。

表題曲は、南沙織(以下、沙織嬢)のシングル第6弾として、1973年1月21日に発売。

沙織嬢は、1971年6月1日『17才』でCBS・ソニーよりデビューした、沖縄出身の女の子。芸能界入りのきっかけは、とある地元の番組でアシスタントとして出演していたところ、関係者が目を付けスカウト。71年と言えば、沖縄が本土へ復帰する前のことで、いわゆる、アメリカ統治時代と言われる時期。”ニッポン本土との行き来にパスポートが必要”なる話は、筆者の世代ですらピンと来ないのである。が、そういう歴史が沖縄にあったことは、日本人として知っておくべきなのだと思う。

本土復帰への動きが加速する中、あたかも橋渡しの女神現れたり!と歓迎されたのが、沙織嬢だったのである。キャッチフレーズは”ソニーのシンシア”。シンシアという名は、彼女のカトリック教徒としての洗礼名なのだが、本来の言語が持つ意味も”女神”なのである。その女神効果の賜物か、沙織嬢はニッポン歌謡界においても大きな影響を及ぼしていく存在になる。要は、それまでの酒場臭漂う歌謡曲に、清涼感と洗練をもたらしたという意味で。以後に、アイドル歌謡と呼ばれることになる分野の扉を開き、陽光と涼風を送り込んだのは沙織嬢という考え方。

彼女の登場以前、女性歌手における歌謡シーンを紐解いてみると、アイドル的な立ち位置の歌手がいなかったワケではないことが分かる。伊東ゆかり、中尾ミエ、園まりのスパーク3人娘もいたし、60年代後半GSブームの折には、ミニスカ&白ブーツでひとりGSを唄い狂うムスメたちの姿もあった。また、時代が生んだハーフのかわいこちゃんたちもいたし、歌手と二足のわらじを履いて気を吐いた、若手女優たちの歌声だって忘れてはならないのである。こうして考えると、アイドル的な容姿とシュガシュガな甘い歌声は、すでに世に轟いていたことになる。しかし沙織嬢の場合、そこに、それまでは希薄だった清涼感や透明感を加えたという点が特筆に値する。これこそが、以後に続いたアイドル歌謡のパイオニア…と崇め奉る(あがめたてまつる)理由なのである。

そんな革命ガールだった沙織嬢の6作目は、影のある男性との出逢いを通じ、彼のよりどころ(港)になってあげたいと願う女性が主人公。

作詞:有馬三重子 作・編曲:筒美京平

ドラマを描いたのは、有馬三恵子女史。数多くのヒット曲を持つ、有名な作詞家である。そのわりに、取り上げられることが少ないのがシャクに触るけれど。デビュー曲から数え4年もの間、カバー作品を除く全曲において歌詞を提供し続けたのは、彼女の書く詞と沙織嬢の相性がすこぶる良かった証。なんと、デビュー曲『17才』を書いた時点で、女史は41歳のご婦人だったというからたまげる。あの当時の40代女性が、♪好きなんだもの~と、清涼感ほとばしる『17才』を描く。これには陣営内でも驚嘆の的になったらしい。

そして、筒美氏に関しては言うまでもなく、押しも押されぬ大作曲家。71年には作・編曲を手がけた『また逢う日まで』(尾崎紀世彦)で『日本レコード大賞』における大賞受賞歴もあるため、そこから数年後の本楽曲発売時点で、すでに”センセイ”と呼ばれる存在におなり遊ばせていたはずである。次ごう71年からの5年間は、作曲家別売上チャートの1位も独占。また、この時期は作・編曲の両方を一挙に手掛けるという、両刀使いのような業を見せていた。以後に関しても、言わずもがなの大活躍。その道の、巨匠と呼ぶに相応しい方である。

そんな二人により紡がれた『早春の港』は、春特有のほのかな暖かさに満ちた曲。前年度12月発売のアルバム『早春のハーモニー』に収録されていた、『ふるさとのように』をリメイクしてのシングル化だったが、歌詞とアレンジに異なる部分が存在する。

『早春の港』|テーマ

主人公の女性は、ひとりの男性と出逢った。その男性は、どこか淋しげで、心にかげりを感じさせる人。その姿は、港を忘れ、さすらうだけの舟。過去になにか、悲しい出来事でも起きたのかしら?それが彼の心に暗い影を落としてるのかしら?だけど…とても惹かれるの。彼の過去なんて気にしない。あなたとの…春の日がすぐそこまで来ている感じがするから。そんなあなたの拠りどころ…心の港になりたいの。好きとも言わないし…おたがいに聞かない。だけど、その港には今…早春が訪れている。温かな気持ち、この街、そして私。そう…この街こそ、二人が出逢えたところなの。

♪ふるさと 持たない あの人に
海辺の青さ 教えたい
ふるさと 持たない あの人の
心の港になりたいの

♪好きとも 言わないし おたがいに聞かない
二人が出逢えたこの街を 愛して暮らす私なの

静かにゆらめく水面…まだ浅い春。水彩画のように、淡い色に包まれる港。筒美氏が施した波音のSEが効果テキメンとなり、まずは聴き手を港へといざなう。そして、管楽器の素朴な響きと、春の柔らかな陽射しを思わせるスティールギターの音色が絡み合い、冬のそれとは明らかに違う”早春の温もり”を演出するのである。

影のある男性を愛し始め、その彼の、心の拠りどころになりたいと願う主人公。しかし、主人公が愛し始めたというその彼には、不透明な部分も残る。

♪心のかげり 目にしみる
♪あてなく さすらう舟みたい

過去から背負ってきたであろう、”なにか”を感じさせる影。主人公も、その影にはすでに気がづいている。人間、誰しもふるさとは持つものだが、この男性にふるさとはないといふ。いや、そこへは帰れない身(なにかの理由で捨てざるをえなかった?)とでも解釈すべきなのか。いわば、”ワケありくん”なのかと思われる。

そんな男性に惹かれはじめる主人公は、自身を港に置き換え、そこにまぎれもない春が訪れつつあることを実感している。そして、やがては彼(=さすらう舟)の拠りどころ(=港)になりたいと願うのである。春の訪れを、肌と心の両方で感じ、身も心も早春の中。これを『早春の港』としてまとめてみたのが、作詞者の意図ではないかと考える。

ところで、世の中には、「影のある人が好きだ!」という人が一定数いるらしい。このコラムを書くにあたり、ネット検索してみた結果がこれらである。

「いつもいつも、影がある男性に惹かれてしまいます」
「影のある男性に惹かれてしまう心理…私が好きになる男性って」
「どこか影のある男性が好きな人、集まれ!」

よくある、ネット上の質問箱に寄せられたお題目を並べてみたのだが、女性のみならず、男性からも同じような書き込みが見受けられた。人間が持つ影というのは、モテるモテないにおいて多大なる影響を及ぼし、ある種の武器になるであろうことを学んだ。そう言えば、『キャンディ・キャンディ』の主役、キャンディス・ホワイト・アードレー嬢だって、テリュース・G・グランチェスターという影のある少年に惚れてしまうのだから。まぁ、付き合ってからの幸せ保証なる、打算的結果論は別として。品行方正に生きてちゃモテる確率はジリ貧?そんなんじゃ、撃沈傾向確定ということなのか、ナゾ。笑)

♪過去など気にしない これからは二人よ

主人公も、質問者たちと同じなのは前述のとおり。彼の過去が、まだどういう種のものなのか判明していないにもかかわらず、その影の部分も相まって惹かれているのである。過去によからぬことを犯し、シャバに出てきたばかりの男かも?拠りどころなし(=住所不定)&さすらう舟(=フーテン)ってことで、つじつまの一致は見る。ふぎゃ!…とは思うなれど、そのパターンも考慮しておく必要はあるのかも…ううっ、己の邪念がうとましい。楽曲がもたらしてくれる夢を壊したくなくば、邪推はやめるに限る…コレ格言!笑)

影という意味では、沙織嬢が時折見せた悲し気な顔などからも、それをそこはかとなく感じさせたものか。アメリカ統治時代の、沖縄での暮らしがそうさせたのだろうか?また、彼女が発した、日本語の発音にも特筆すべき部分がある。

「を」を「うぉ~」 「て」を「てぇ~」 「で」を「でぇ~」

これは他歌手との差別化を際立たせたし、ゴムまりのように弾むグルーヴ感、バタくささを感じさせる風貌なども、前述の洗練された歌謡曲を唄う旗手として適任だった。当時の沙織嬢は、その”誰もいない海”をスイスイと泳いで個性を発揮し、デビューから2年半にわたりコンスタントにヒットを飛ばす。それはあたかも、南の夜空のみで輝くサザンクロス(南十字星)のように、独特の光を放ち続けたのである。

本楽曲も、その例にもれず、ヒットチャート最高11位で累計15.7万枚。枚数的にややおとなしめに収まったのは、先行アルバムからのシングル化が足をひっぱったのだろうか。シングルバージョンを聴いてしまうと、アルバム収録分の未完成的なものでは物足りなくなる。それくらい歌詞、曲、アレンジの完成度が遥かに上回っているからである。また、レコジャケがひときわ美しいのも…マニア的にはそれだけで触手が伸びるところ。笑)

歌手活動晩年は、ピンク・レディーと同じ事務所(T&Cミュージック)に在籍、というのはトリビアネタ扱いになるのか?当時の雑誌に掲載されていたのをシカリと憶えているから、コレは間違いないはずである。前事務所が手放し、さすらう舟となった沙織嬢を引き取る形での移籍だった。この事務所は、アクトワン時代(同事務所の前身)にも、結婚引退前の浅田美代子を同じ目的で在籍させていたことがあるので、面倒見の良さは持ち合わせていたことが伺える。ピンク・レディー解散後、負債3億を抱え倒産した際には、メディアからケチョンケチョンにされた事務所だったけれども。

ところで、コラム冒頭で触れた”筆者に舞い降りた、とてつもない幸運”とはなんなのか?

それは席替えの際、「あのコの隣がいいな」と思った希望が叶ったという幸運。あの時の筆者は、まさに”早春の港”そのもの。以後、そのコとは日増しに距離が縮まり、交換日記やラブレターの類も交わす、春を感じる仲になったのである。彼女は、筆者にはもったいないくらいの美少女で、後におニャン子クラブから河合その子がデビューした際、「もしや彼女では?」と目を見開いたほど。と言えば、どれだけ可愛い子だったのかは想像していただけるはず。筆者との関係は、

♪好きとも言わないし おたがいに聞かない

ティーンの恋らしい、甘ずっぱさであふれた。それこそ、『赤いスイートピー』に出てくる男女みたいなノリ。そして、この関係は隠密に続いていったのである。さしずめ今なら「ガルルルぅ」…野獣のようにすぐさま襲いかかるのでは?いえいえ、そんな手荒で非紳士的な振る舞いは決して致しませぬ。ご要望あらば…話は別になるけれど。笑)

クラスや学校で、そのコがどれだけの男子を魅了していたのかなど、気にしたこともなかった。そう、”あの日”がやって来るまでは。

あの日とは、体育館に”学年男子全員が集合させられた日”のことになる。集合の目的が事前に知らされることはなかったが、結果としてこの機会は、”男の心構え”や”女体の神秘”などを男の先生たちが説くという保健体育的なモノだった。先生方を除き、思春期メンズオンリーの空間。そこはなにやら、新緑が生い茂る森のような匂いがたちこめた。先生が登壇するまでの待ち時間には、女生徒の話でもちきりに。まるで雄の本能が、この集いの趣旨を察したかのように。思春期独特の、元気はつらつな下半身がウズいたがゆえだったのかもしれないが…もう忘れてもうた。そこで話題になったのが、学校内での可愛いコ選手権。ここで、一番人気になっていたのがそのコ。そう、筆者と”いい関係”になっていたコだったのである。

筆者は、得も言われぬ優越感と罪悪感の両方を抱きながら、静かに話の経過を見守った。すると、とあるクラスメイトが、こんな問いを投げかけてきたのである。

「お前はどうよ?」

(心の声)「ドキっ!コっ、コ奴は…もしや二人の関係を知っていて、こんなざーとらしい質問を?」

男として最高の幸せ?を十三の若さで噛みしめる一方、そこは、いつしか殺気めいたものが漂う空間へ。その場から逃げ出したい気持ちになったのは言うまでもない。「そのコとは春が進行中どぇ~す」などと、公衆の面前でおノロケ宣言できる気概は持ち合わせておらず、ただ言葉を濁すのみ。当時の筆者は、『内気なあいつ』だったの…情けないけれど、トホホ。今じゃラジオ番組に出ては、ああだこうだとしゃべりまくっているくせに。笑)

「お前らのも、やがては先生のモノのようにいぶし銀になる!」

壇上にいた先生の、こんな語りだけはかすかに耳に残る。ソレがまことしやかな発言だったのか否かは、今となっては闇の中。なにせ、先生のを拝ませていただく機会など訪れずじまいだったからである。普段はニヤリ保健体育の時間も、先ほどのことで動揺させられウワノソラ。先生方の熱心な教えも、それは無意味な人形劇にしか見えなかったのである。個人情報をムキ出しながら、熱血指導にあたってくださった先生…ごめんなさいネ。苦笑)

♪好きとも言わないし おたがいに聞かない

筆者に訪れた早春は、次の、そのまた次の席替えが行われても変わらず続いた。しかし、中学三年への進級時、またもやクラス替えが行われ、そのコとは離ればなれになってしまう。「組替えやめろ!」と、脳内デモを繰り広げていた筆者を尻目に。そのコは、棟すらをも異なる、遠く離れたクラスへ行ってしまった。クラスが別々になるや否や、急によそよそしくなったアレ。誰しも身に覚えがあると思う。

そのクラスとの行き来にパスポートが必要…なぬ?

これにも似た、あの年代独特の、妙ちくりんな感覚。アメリカ統治時代の、沖縄と本土じゃあるまいし。これにより、二人の間に芽吹いた春はどこか足踏み状態に。空港の出国ゲートでパスポートがないことに気づき、足止めくらって先に進めん乗客のように…な。涙)

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プロフィール

icon_sr70&80年代アイドル、歌謡曲、ピンク・レディー、昭和ポップカルチャー好き。高円寺・円盤「鈴木啓之のミュージックガーデン」、FMおだわら「ラジオ歌謡選抜」にゲスト出演。「歌謡曲リミテッド」でコラム連載中。ブログ「昭和TVワンダーランド」の運営者です。

ハンドル名:チェリー(CHERRY★CREEK)
好きな音楽:70-80年代アイドル歌謡全般、歌謡曲、米英50-60sティーンポップ、古き良き時代のジャズボーカル、フリッパーズギターなど
好きな歌手:1960-80年代の日本で唄っていた、歌謡曲の歌手全員
好きなもの:昭和にまつわるものすべて、音楽鑑賞、レコードや昭和アイドルグッズ集め、食べ歩き、パソコン、エッセイを書くこと、昼寝
よろしくないクセ:哀愁のオリエント急行に、たま~に乗ってしまうこと 笑)
得意なもの:トーク(特に70-80年代アイドルや歌謡曲について)、丁寧な言葉で話すこと、グラフィックデザイン、文章を書くこと、英会話、料理
出身地:東京、日本
国籍:日本
生息地:オーストラリアのメルボルン(永住権)、たまに神奈川県
経歴:2015年12月「鈴木啓之のミュージックガーデン」(於:高円寺 円盤)、2016年1月FMおだわら「ラジオ歌謡選抜」第132回放送分「昭和アイドル・ワンダーランド」(ゲスト)、2016年5月 歌謡曲情報サイト「歌謡曲リミテッド」 にてコラム連載開始
「80年代アイドル☆ピンク・レディー☆昭和TVワンダーランド」
http://blogs.yahoo.co.jp/cherrycreekjp

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