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ガラスの仮面をかぶる、おそろしい子?『春なのに』 柏原芳恵

ガラスの仮面をかぶる、おそろしい子?
『春なのに』 柏原芳恵

文/チェリー 

ガラスのようにもろくこわれやすい仮面。人は素顔を隠してそれをかぶる。

これは、少女まんが『ガラスの仮面』が、テレビまんがとして放映された際(1984年 日本テレビ|エイケン制作)のOPナレーションの言葉である。

『ガラスの仮面』は、美内すずえによる少女まんが作品。連載誌は『花とゆめ』で、第一話が掲載されたのは、今から遡ること42年前の昭和51年のことになる。以来、休筆時期は挟んだものの、40年以上に渡り愛され続け、今なお未完という作品になっている。

“一世を風靡した劇作家、尾崎一蓮作の舞台『紅天女』で主役を演じた大女優、月影千草。その類まれな演技を絶賛した尾崎は、彼女に『紅天女』の上演権をも与える。しかし、舞台上での予期せぬアクシデントにより、月影は女優の命とも言える顔に醜い傷を負ってしまう。芸能界での居場所を失い、ひっそり暮らす彼女の前に現れたのは、貧しさの中で母と暮らす演劇好きの少女…北島マヤ。マヤは月影の厳しい指導の下、女優の道を歩み始めるのだった”

物語の中で、マヤの元には”紫のバラの花束”が事あるごとに届くようになる。-あなたのファンより-という、匿名で書かれた手紙が添えられるが、その正体は明かされぬまま。

『ガラスの仮面』は演劇を題材にしているが、マイクを手に持ち、ステージ上で唄う歌手の世界とて、芝居同様に“演じること”を要求される世界に変わりはない。

70年代初頭、アイドル歌謡草創期と言われる時代より、以後も数えきれないほどの女性歌手が現れた。まぶしいほどの輝きを放ち続けた者もいれば、現れた途端に消え失せてしまった者もいた。それはどこか、宇宙における星の営みにも似ていた。

さまざまなタイプの歌手が現れた中、歌詞を捉える能力に長け表現力豊かと言われた者、歌声に表情があると評される者も存在した。

今から35年前の冬から春の頃、巷で流れていた『春なのに』を唄っていた柏原芳恵(以後、芳恵嬢)も、これに該当したと言えるのではないだろうか。

作詞・曲:中島みゆき 編曲:服部克久、J.サレッス

芳恵嬢の芸能界デビューは、1980年6月1日。14歳の中学三年生の時で、阿久悠&都倉俊一両氏による『No.1』でスタートを切った。そこから2年半が経過した83年初頭、ようやく方向性が定まりはじめ、中島みゆきが書き下ろすという形が実現した曲が『春なのに』である。前作『花梨』(82.10.1|作詞・曲:谷村新司 編曲:青木望)からは、デビュー以来使ってきた“柏原よしえ”名義を止め、“柏原芳恵”という漢字表記に変更。大人の歌手として歩むべく、心機一転をしたばかりの頃である。

歌謡曲における中島みゆき提供曲は、これ以前にも存在するのはご存知のとおり。研ナオコ、桜田淳子、ちあきなおみ、増田けい子や小柳ルミ子の作品が該当するが、純粋な意味で“アイドルとして旬の状態”にあったミドルティーンの歌手へ贈った楽曲となると、芳恵嬢の『春なのに』が最初になる。『花梨』に続く、ニューミュージック畑からの起用。この時期の、芳恵陣営における並々ならぬ意欲が垣間見える策と言える。かつて存在した、とあるアイドル誌では、各歌手のスタッフが登場しモノ言うコーナーがあった。そこでも芳恵陣営からは、「今年はいくぞ!」宣言が飛び出していたと記憶するのである。

『春なのに』以前、デビューからしばらくの芳恵嬢と言えば、そのふくよかで低めの落ち着いた声質が一定の評価を受けていたものの、安定の面ではまだまだといった頃。いわゆる“声がひっくりかえる”失敗が度々起きていたのである。また、アイドル歌謡として聴くにあたり、どこか”もっそりとした重さ”が気になったという方もいることだろう。その声質が良い形で活かされるようになったのが、3作目『㐧二章・くちづけ』(80.10.25)、5作目『ガラスの夏』(81.5.25)あたりの良作。そして、デビューから1年4か月後に発売の7作目『ハロー・グッバイ』(81.10.15|オリジナルはアグネス・チャンのアルバム収録曲)では、初のベストテン入りとなり38万枚を超える大ヒットに。チャート上位の常連になっていた同期組(田原俊彦、松田聖子や河合奈保子)に、ようやく追いついたのがこの地点だったのである。

それら過程で、芳恵嬢の見た目や歌声は驚くほど研ぎ澄まされていった。ビジュアルに関しては、『㐧二章・くちづけ』のあたりだったか。デビュー当初に見受けられたヤボったい部分が払拭され、急速に垢抜けていった。歌手デビュー時に、あれこれイジくられてしまったものが戻った…と書く方が正しいのかもしれないが。デビュー曲『No.1』で着用の、スリット入り黒ドレスにモサい髪型、そして、例の腰ヒッコンダンス。それらはどう見ても、中学三年生の女子には相応しくないモノだったかと。苦笑)

歌唱面での上達が顕著になったのは、『春なのに』の二作前となる『あの場所から』(82.7.21|オリジナルは朝倉理恵)あたり。そして『花梨』へと繋ぎ、聴き手の多くに「おや?」っと思わせる、強弱コントラストの付いた歌声に変わっていった。ピアニシモとフォルティシモが、歌の中で共存と書けば分かりやすいのだろうか。新たに取り入れたピアニシモ唱法は、口角を上げた状態で、ひとりごとをつぶやくような柔らかさ。女優が、セリフでも読んでいるかのような響きにも似た…そんな歌い方である。この歌い方は”The芳恵”な技として、以後も使われていくことになる。

ガラスのようにもろくこわれやすい仮面。芳恵は素顔を隠してそれをかぶる。

新しい唱法を取り入れ、表現力もアップ!芝居を演じる女優のごとし、語るように唄う技を身に着けた芳恵嬢。『春なのに』の次作は、山口百恵作品で知られる阿木・宇崎コンビによる『ちょっとなら媚薬』。夏にはオフコースの松尾一彦を起用した『夏模様』で、ロストラブを切々と。秋には、松山千春書き下ろしのフォーク路線『タイニー・メモリー~ちいさな思い出』をしっとりネットリ。そして、冬には中島とふたたびコンビを組んだ『カム・フラージュ』で、偽物両想いにさせられるオンナを演じるなど、新生ぶりを十二分に見せつけたのである。
楽曲の質、歌唱力とビジュアルが三拍子揃ってグーンと良くなり、目を見張るものがあった時期。デビュー時から知る者にとって、急速に伸びてゆくその姿は…

「芳恵、おそろしい子!」(←『ガラスの仮面』、月影千草先生の定番セリフを引用)

と、叫ばずにはいられなかったもの。笑)これはもちろん、”驚嘆”という良き意味で。

『春なのに』|テーマ

主人公には、想いを寄せる人がいる。その人は同じ学園にいて、熱く見つめ続けてきた大好きな人。しかし、卒業式の日は無情にもやってきてしまう。まだ想いも打ち明けていないというのに。会えなくなるのは、卒業だけが理由なのですか?卒業しても、今までとおり…会ってくれるのでしょう?あふれる想いを抱きながら、温めてきた気持ちを告白するつもりだったのに…。彼の口からこぼれてきたのは、素っ気なく冷たい言葉。春なのに…お別れなのですね。春なのに…涙がこぼれます。なにかが生まれるはずの春なのに…ため息がまたひとつこぼれるのです。

『春なのに』|聴きどころ

1:ピアニシモとフォルティシモが共存。成長著しい、表現力に長けた歌声
2:春なのに…胸に悲しく突き刺さる!中島みゆきが紡いだマイナー調のメロディー
3:全編に響き渡る、透明感ある美しいストリングスの調べ

レコード盤に針を落とすや否や聴こえだすのは、透き通るようなストリングスの調べ。それは、どこまでも美しく響き渡るが、異様な冷たさも感じさせる音色。予想だにしない、ひんやり風が吹きすさび、薄着してきたことを後悔し不安になる…ちっとも暖かくない、いじわるな春の日を思わせるような冷たさなのである。

その時に、誰もがツブやく言葉はコレ→「春なのに(寒っ)」。

ストリングス多用も相まってか、楽曲全般にクラシックを思わせる高尚な雰囲気が漂う。

♪卒業だけが 理由でしょうか
会えなくなるねと 右手を出して

♪さみしくなるよ それだけですか
むこうで友だち 呼んでますね

前述したピアニシモ唱法に該当する唄い出しは、主人公のティーンらしさと不安タジーの両方が同居する。が、その声色は一変するのである。さほどの想いもなさげな言葉がお相手クンの口から飛び出して、主人公の不安は的中。我に返るかのような「それだけですか」。凄みのある、低い声が突然轟くさまにはゾクっとさせられる。この声は、芳恵嬢本来の持ち味を活かしたフォルティシモ唱法になる。

♪流れる季節たちを微笑みで 送りたいけれど

春という季節を自然界に置き換えてみると、なにかが生まれる“始まりの季節”という位置づけになる。虫は蠢きはじめ、青い芽を吹いた小枝が風に揺れ、つぼみが花を咲かせる時期だからである。しかし、本楽曲ではそれに反するかのような、“終わりの世界”が描かれている。

この時に、誰もが思うはコレ→「春なのに(どしたのヘンよ?)」。

♪春なのに お別れですか
春なのに 涙がこぼれます
春なのに 春なのに ため息 またひとつ

そうそう…春なのに『わかれうた』というワケなのでアリマシテ。

曲名『春なのに』で使われている、“なのに”以降のあらすじは、イントロの冷たいストリングスの音色がその雰囲気を演出し、リスナーを表紙から目次へ、そして第一章以降へといざなっていくのである。

この時に、誰もが察するはコレ→「春なのに(悲しいことが起こりそう)」。

これまでずっと、熱き想いを温めてきた主人公。しかし、肝心のお相手クンは卒業を理由に主人公の前から消えようとしている。卒業したとて、会いたい気持ちがあれば会えるはずなのに。けれど、そうするつもりはないらしい。かろうじて、社交辞令的な?握手は求めてくるけれど。

主人公が思い描いているのは、こんな場面なんかじゃない。このお相手クンこそが主人公にとっての『No.1』(この時点での)であり、『毎日がバレンタイン』なラブラブ状態。次のステージへと進み『㐧二章・くちづけ』も夢見る『乙女心何色?』な女子で、夏までには『渚のシンデレラ』になりたいくらいの願望は持っているはずなのである。

「卒業しても…僕と会ってくれるかい?」

優しく、とろけるような甘い言葉。主人公は、これを待ち焦がれていたはずである。しかし、その願いは脆くも崩れ去るのである。

♪卒業しても 白い喫茶店
今までどおりに 会えますねと

♪君の話はなんだったのと
聞かれるまでは 言う気でした

この容赦ないひとことにより、お相手クンとの温度差を思い知らされるハメになるのである。よりによって卒業式という記念すべき日に、ガ~ン。銀のスプーンで心をくるくる回される?そんな甘っちょろいものとは比較にならんほどの、激震走る『ハロー・グッバイ』。このお相手クンは、主人公にハローするや否や、「用は済んだナ」とばかりに即行グッバイしたんだろ?クソ~っ!!そして、主人公の脳内では、

君の話はなんだったの)))なんだったの)))))なんだったの)))))))))

これが延々と こ・だ・ま するのである。よくある、映画やドラマの一場面のように。瞳からは涙があふれ、ため息が二つも三つも出るという、失恋が決定的になった場面。心のふるえが止まらない『ト・レ・モ・ロ』状態である。

この時に、誰もが思うはコレ→「春なのに(失恋なんてイヤん」。

♪記念にください ボタンをひとつ 青い空に捨てます

これはもう…バッキャロー!に該当する行動だろう。苦笑)その憤りをこめてか、ここでもフォルティシモ唱法にあたる、凄みの効いた低音ボイスが効を奏すのである。

春という季節には不似合いの、なのになのにの物語。題名はあえて“春なのに”と寸止め形にし、逆接を説く”なのに用法”が使われている。良きイメージの言葉を”なのに”でつなげると…後に続くはその良さを覆す事柄や状況になるという文のしくみ。要は”春なのに、失恋”の意なのだが、この矛盾を題名ではやんわり、歌中でしっかり伝える”みゆきマジック”がニクイのなんの。みゆき作品における題名の多くは、「とは?」と質問したくなる含みを持たせた短いタイトルがとても多いのである。

本楽曲は最高6位、17週、33.4万枚と、『ハロー・グッバイ』に迫る大ヒットになった。TBS『ザ・ベストテン』では最高2位まで登りつめたし、NHK『紅白歌合戦』に初出場した際もこの曲を披露している。その本番では、白いミニから真っ赤なロングドレスへの早変わりを見せたが、それが上手くいっての芳恵ニンマリ顔が未だに忘れられぬ。笑)

ガラスの仮面をかぶり、著しい成長を見せたおそろしい子…芳恵。やもすると、この表現は「大袈裟である」とのご意見を頂戴しそうでもあるのだが、まんが『ガラスの仮面』に絡ませてあるのでご容赦のほど。しかし、相当に伸びたことは事実なのである。

そんな芳恵嬢に、超強力なファンが現れることになる。その方も、『ガラスの仮面』に出てくる”紫のバラのひと”よろしく、バラの花を携えてやって来た。時は1986年10月19日、秋たけなわの候。新宿・厚生年金会館で行われた、デビュー7周年記念コンサート『お・ん・な 飛翔』での一幕である。そのファンとはどなたかしら?

浩宮 さま(現:皇太子 徳仁親王|当時26歳)

なのであ~る、ジャジャーン。

ただし、”紫のバラの人”と異なるのは、正体をお隠しになることなく大っぴら。陰ながらどころか、威風堂々とファン宣言もカマされていた点である。和なら芳恵、洋ならブルック・シールズとおっしゃっていたはず。皇室のお方が、アイドル歌手のコンサートへお見えになる…ということで、会場は報道陣でごったがえした。そして、芳恵嬢がロイヤルアイドルの座を確固たるものにした理由がこれになる。

浩宮さまからのプレゼント=バラの花

北島マヤに贈られた紫色でも、花束形式でもなかった。しかし、凛とした存在感を放つ、ピンク色のバラ一輪。一輪だけ?と高を括ることなかれ。

このバラは「プリンセス・サヤコ」(当時の雑誌記事参照)と名付けられた特別品種で、時のフランス大統領、ミッテラン氏の夫人より、紀宮清子内親王(現:黒田清子さま)へ捧げられたもの。それを大切に育て上げ、宮家の庭園で咲き誇っていたものを芳恵嬢にプレゼントしたのである。高貴さを漂わせ、一輪でも格別な雰囲気を漂わすというバラ。しかも、浩宮さまから芳恵嬢へ、直々に手渡しされたというのだからコーフンするエピソードである。

コンサート前日の浩宮さまのご動向は、来日中のスペイン王女が開催したパーティーへ飛び入りのご参加。その機会こそが、現:皇太子妃殿下(雅子さま)との出会いの場となるのだが。お妃さがしに躍起?になっていた時期と重なるし、その翌日には芳恵嬢のコンサートへ足を運ぶ予定になっていたという事実。これは思い付きだけではない、それなりの理由があったに違いないと勘ぐるのは、的中なのか邪推なのか…ナゾ。そして、その高貴なバラを芳恵嬢へ贈ったのにも、浩宮さまの本気度がチラリと見え隠れ?どうにもこうにも、妄想が止まらなくなってしまうのである。ちなみのそのバラ、特殊加工を施した上で永久保存仕様に。今でも芳恵宅の、一番大切なところに飾られているといふ。

秋真っ只中のコンサートで、まことに素敵な”もったいのうございます”的サプライズ!

「(淋しい季節の)秋なのに…シアワセ」

芳恵嬢が、”なのに”使いの逆接用法で歓喜の声を上げ、『しあわせ音頭』を歌い踊ったのかどうかはご本人のみぞ知るということになりそうである。

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プロフィール

icon_sr70&80年代アイドル、歌謡曲、ピンク・レディー、昭和ポップカルチャー好き。高円寺・円盤「鈴木啓之のミュージックガーデン」、FMおだわら「ラジオ歌謡選抜」にゲスト出演。「歌謡曲リミテッド」でコラム連載中。ブログ「昭和TVワンダーランド」の運営者です。

ハンドル名:チェリー(CHERRY★CREEK)
好きな音楽:70-80年代アイドル歌謡全般、歌謡曲、米英50-60sティーンポップ、古き良き時代のジャズボーカル、フリッパーズギターなど
好きな歌手:1960-80年代の日本で唄っていた、歌謡曲の歌手全員
好きなもの:昭和にまつわるものすべて、音楽鑑賞、レコードや昭和アイドルグッズ集め、食べ歩き、パソコン、エッセイを書くこと、昼寝
よろしくないクセ:哀愁のオリエント急行に、たま~に乗ってしまうこと 笑)
得意なもの:トーク(特に70-80年代アイドルや歌謡曲について)、丁寧な言葉で話すこと、グラフィックデザイン、文章を書くこと、英会話、料理
出身地:東京、日本
国籍:日本
生息地:オーストラリアのメルボルン(永住権)、たまに神奈川県
経歴:2015年12月「鈴木啓之のミュージックガーデン」(於:高円寺 円盤)、2016年1月FMおだわら「ラジオ歌謡選抜」第132回放送分「昭和アイドル・ワンダーランド」(ゲスト)、2016年5月 歌謡曲情報サイト「歌謡曲リミテッド」 にてコラム連載開始
「80年代アイドル☆ピンク・レディー☆昭和TVワンダーランド」
http://blogs.yahoo.co.jp/cherrycreekjp

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