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平山みき スペシャル・インタビュー レーベルの枠を超えて実現した初のオール・タイム・ベスト 新曲は橋本淳&筒美京平の書き下ろし 早くも名曲誕生の声しきり!

歌謡曲リミテッド スペシャルインタビュー

平山みき スペシャル・インタビュー
レーベルの枠を超えて実現した
初のオール・タイム・ベスト

新曲は橋本淳&筒美京平の書き下ろし
早くも名曲誕生の声しきり!

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取材・文/鈴木啓之 取材協力/衛藤邦夫(日本コロムビア) 公開日:2014.01.17

--レコーディングには両先生も立ち会われたんでしょうか。

平山:おふたりで来てくださいました。でも昔のレコーディングの時は、京平さんも淳さんもパラパラに来るんですよ。そうするとね、ふたりの言ってることが全然違うんです。京平さんに言われて直したものを、今度は淳さんが来て「そうじゃない」ってまた怒られるんですよ。周りの人は何も言わないし。もうぐちゃぐちゃになって歌えなくなっちゃってということがありました。今回のようにふたりで来てくだされば、意見が合わさっていいんですけどね。京平先生はあまり怒らないんですけど、橋本先生はすごく怒るんです。怒ったらこの人は感情が出て上手になると思われてるんですね。レコーディングしててもいきなり怒鳴ったりする。そうすると泣くじゃないですか。泣いたら感情表現が良くなると思ってるんですよ(笑)。私それで一度「帰る!」ってごねたことがありました。まだデビューする前でしたけど。もちろん先生方は私になんとか上手く歌わせようと必死になっていただいていたわけで。今ではいい思い出ですけどね。

--最終的にベスト・アルバムに収められた曲は平山さんの選曲と近かったですか。

平山:はい、わりと入ってますよ。それ以外にもボーナス・トラックとしてこだわりのある曲が何曲か追加されています。「悪女」という曲はロスで何回もトラックダウンした思い出がありますし、「鬼ヶ島」は唱歌のようでどうしても歌えない部分があって。その時に近田(春夫)さんに「じゃあその部分にメロディを入れましょう」って言われたけど断固拒否したんです。その後トイレで泣きましたよ。結局メロディ入れてもらって歌ったんですけど、歌謡曲というフィールドでは異質で画期的なアルバムだったと思います。「絆」はもともと大嫌いだった曲で、ああいうゆっくりした曲は苦手だとずっと思っていたら、歳をとったら歌えるようになって、好きになった曲。まだここ4~5年のことですよ。「フィルム シティ モーテル」は海外録音だったのが、帰ってからまた録り足して、途中で入ってくるピアノは京平さんなんです。「冗談じゃない朝」の詞は秋元(康)さんでしたけど、最後の“冗談じゃないわ”のところは詞が足りなくて、その場のアドリブだったり。今回はそういう面白い曲がいっぱい入ってます。

--ジャケットの写真も今回撮り下ろされたんですね。

平山:みんなで楽しみながら京都で撮りました。当初は違う案もあったんですけど、やっぱり黄色がいいねってことでこの形になったんです。スタイリストも私ですよ。写真は全部同じ日に撮ってます。シングルのジャケットもそうですね。あと、中には昔の写真も載ってるでしょ。デビュー曲の「ビューティフル・ヨコハマ」の時、山下公園で撮った写真は自分でも気に入っていて、この時がいちばん可愛かったなって思うんですけど(笑)。この後の「真夏の出来事」はお化粧のし過ぎでちょっと変。あそこに写ってる車は当時の淳さんの車ですね。カマロだったかな。みんなで海へ行って撮ったんです。

--最後に、今後の活動についての思いを聞かせてください。

平山:歌は前よりもいろんなタイプの曲が歌えるようになったと思うんです。ライヴでは「時の流れに身をまかせ」とか「天城越え」とかを演歌ではなく、ブルースだとかの違うアレンジで歌って楽しんでいます。最近特に思うのは、自分と同じ年代の人が観に来られて、その人達の楽しみたいという気持ちが伝わってくるので、そういった場所を提供したいんですね。あまり歳を感じずにやっていけて、その人達のアイドルになれたらいいのかなって。私、昔アイドルになりたかったんですよ。でもその枠には入れなかったので。若い時はいつもやめたいと思っていたし、実際に休んでた時期もあったけど、今は歌っていられる幸せをすごく感じています。幾つになるまでかは分かりませんが、これからも歌える間は歌っていきたいと思うんですよ。周りへの感謝だとか、そういう意味では前よりいい人になってきたかも(笑)。

(2013.11.21 東京メディアシティにて)

【イベントレポート】

弘田三枝子と平山みきがタワーレコード新宿で初共演

1月11日、東京・新宿のタワーレコード新宿店で行われたインストアライブで弘田三枝子と平山みきが共演した。

弘田三枝子は12月18日に『MIKO LIVE』『MIKO LIVE at RIVIERA』『弘田三枝子・せれくしょん~ジャズ・ヒッツ』『弘田三枝子・せれくしょん~ポピュラー・ヒッツ』が、平山みきは11月20日に『ビヨンド~平山みきオール・タイム・ベスト』がリリースされたことを記念してのインストアイベント。土曜日の午後12時開始のイベントであるにもかかわらず、幅広い年齢層のファン約200人が詰めかけた。

熱心なファンの大きな拍手で迎えられたふたり。写真家で編集者の都築響一氏の司会で行われたトークショーでは、その期待に応えるように、次々と当時の貴重なエピソードを披露した。最初にマイクを向けられた平山みきは「デビュー曲『ビューティフル・ヨコハマ』は、前年に大ヒットした『ブルー・ライト・ヨコハマ』に便乗して作られた曲だけど、あまりヒットはしなかった。その曲の歌詞の中に“踊り上手なハルオにゼンタ”という歌詞があって、ハルオは作詞の橋本淳さん、ゼンタは作曲の筒美京平さんの息子さんの名前でした。当時は歌うのが恥ずかしかったけど今は楽しんで歌っている」と、いまだから明かせる秘話を話した。一方の弘田三枝子は、1965年に出演したアメリカ「ニューポート・ジャズ・フェスティバル」についてのエピソードを明かした。当時の彼女は弱冠18歳、前年、たまたま来日中だった同フェスティバルのプロデューサーの目に留まり、即レコーディングが行われ、そのテープを持ち帰ったあとに、歌唱力が認められ、出演を依頼されたという。同フェスではフランク・シナトラ、クインシー・ジョーンズ、ジョン・コルトレーンといった大物と同じステージに立ち、3日目のトリを務めている。

トークの後、平山みきはベストアルバムに収録されている橋本淳=筒美京平による新曲「ビヨンド」を、弘田三枝子はこの度リリースされた再発盤に収録されている「ワン・ボーイ」「ビー・マイ・ベイビー」をメドレーで熱唱して、会場を盛り上げた。イベント後にはCD購入者対象のサイン会が行われた。

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平山みき

東京都出身。1970年に平山三紀として「ビューティフル・ヨコハマ」でデビューするや、その個性的なハスキー・ボイスが話題を呼び、2曲目の「真夏の出来事」がベストテン入りの大ヒットとなる。その後も多くのヒットを重ね、最近では自分のペースを保ちながらの歌手活動の傍ら、著書の出版や京都御池でのイベント「ジングルウィーク」のプロデュースなど幅広く活躍中。

平山みきオフィシャルホームページ:
http://www.yellowlion.jp/

 

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